日本野球の歴史と、その時代の出来事
野球伝来のもう一つの考え方、クリケット
諸説ありますが、野球の前身はクリケットといわれています。そのクリケットが、野球伝来といわれる1872年以前に、日本に伝来していた可能性があります。そうなると、クリケットの伝来が野球の伝来ともいえる可能性が出てきました。
1860年頃のスポーツは軍事訓練
クリケットが日本に伝来した時期は不明ですが、1860年頃が有力と考えられます。根拠としては、日本で初めて試合が開催されたのが1863年。この頃は、道具が簡単に入手できる時代ではありませんし、ルールブックが本屋で売られている時代でもありません。また試合会場を作るのにも建設機械など無い時代、人の手で作業するのですから、長い工事期間が必要です。そうなると1860年に輸入され、初の試合開催まで3年を要したというのも、自然な時間といえるでしょう。
しかしこの頃は、歴史書を読んでも時代劇を観ても、スポーツらしいことといえば剣術・槍術・馬術等の「武道」ばかり。当然といえば当然ですが、これは「スポーツ」というより「軍事訓練」の類です。そのような時代に、娯楽目的のスポーツであるクリケットが、日本に伝わっていた可能性はあるのでしょうか?
1860年(安政7年→万延元年) クリケットが輸入された(かも知れない)年の出来事
- 軍艦「咸臨丸」が太平洋横断。
- 「桜田門外の変」が起こる。
- エイブラハム・リンカーンが第16代アメリカ大統領となる。
※語呂合わせ:一杯(1)やろう(86)ぜ(0)、他
軍艦「咸臨丸」が太平洋横断
日米修好通商条約を結ぶ書類を運ぶため、勝海舟・福沢諭吉らを乗せた軍艦「咸臨丸が太平洋を横断しました。現代は多くの日本人選手がアメリカ・メジャーリーグに挑戦する時代、当然ながら飛行機で往来します。しかし1860年頃に飛行機はありません。咸臨丸は38日間をかけてアメリカ・サンフランシスコに到着しました。
「桜田門外の変」が起こる
幕府の大老・井伊直弼が江戸城桜田門の外で、水戸浪士らに暗殺されました。「幕末の始まり」といわれている「桜田門外の変」です。
エイブラハム・リンカーンが第16代アメリカ大統領となる。
野球の聖地アメリカでは、エイブラハム・リンカーンが大統領に就任しました。
日本が近代化に向かっているタイミングで輸入された「クリケット」
クリケットといえば、近代スポーツのイメージが強いのではないでしょうか?アメリカや日本よりも、ヨーロッパやインドで盛んなスポーツですが、江戸末期には日本に輸入されていたのです。
この頃は、少しずつですが海外の文化が輸入されるようになりました。江戸幕府の終焉と共に、国際化社会の幕開けとなりました。
クリケット1860年説の、もうひとつの根拠
さらにもう一つの情報として、私は元プロ野球選手から「1860年には既に”野球”が伝わっていた」という話を伺ったことがあります。しかし色々と調査したのですが、その資料は見当たりませんでした。つじつまを合わせると、それは「クリケットを指している」と考えるのが自然ではないかと考えております。
元プロ野球選手が挑戦するクリケット
昭和の時代、話題のスポーツといえば野球が主流でした。しかし現在ではサッカー・卓球・ラグビーに至るまで、スポーツの話題が多様化しています。近年、プロ野球を引退した木村昇吾選手がクリケットに転向し、実際に海外のプロチームに所属してプレーしています。そのような機会が増えれば、日本でもクリケットが注目されるかも知れません。木村昇吾選手の動向が気になるところ。プロ野球選手のセカンドライフとして発展してくれることを願っております。